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傍観者効果とは?人が多いほど誰も助けない理由

駅のホームで人が倒れている。周囲には大勢の通行人がいる。しかし誰も足を止めない。「誰かが助けるだろう」と一人ひとりが思っている間に、貴重な時間が過ぎていく――。直感に反するようですが、緊急事態に居合わせた人が多いほど、一人ひとりが行動を起こす確率は下がることが心理学研究で繰り返し確認されています。この現象を「傍観者効果(Bystander Effect)」と呼びます。

傍観者効果の定義――キティ・ジェノヴィーズ事件

1964年の衝撃的な事件

傍観者効果の研究は、1964年にニューヨークで起きたキティ・ジェノヴィーズ殺害事件がきっかけとなりました。ニューヨーク・タイムズ紙は「38人の目撃者がいたにもかかわらず、誰一人として警察に通報しなかった」と報じ、社会に大きな衝撃を与えました。

この報道に触発された社会心理学者ビブ・ラタネとジョン・ダーリーは、「なぜ人は他者が困っているのに助けないのか」を実験的に解明する研究に着手しました。彼らの研究は傍観者効果の科学的理解の礎となりました。

事件報道の修正

ただし、Manning, Levine, & Collins(2007年)の研究により、この事件の報道には大きな誤りがあったことが明らかになっています。実際には38人全員が事件を目撃したわけではなく、少なくとも一部の近隣住民は警察に通報していたことがわかっています。

しかしManningらは、報道の不正確さは傍観者効果という現象の存在を否定するものではないと指摘しています。事件の詳細は修正が必要であるものの、ラタネとダーリーが実験室で確認した傍観者効果の心理メカニズムそのものは堅固な科学的基盤を持っているのです。

ラタネとダーリーの5段階意思決定モデル

援助行動に至る5つのステップ

ラタネとダーリー(1970年)は、人が緊急事態で援助行動をとるまでに5つの意思決定ステップを経なければならないとするモデルを提唱しました。いずれかのステップで「No」の判断が下されると、援助行動は生じません。

ステップ1:事態に気づく

まず、緊急事態が起きていることに気づかなければなりません。急いでいるとき、スマートフォンに集中しているとき、あるいは周囲が騒がしいとき、そもそも事態に気づかない可能性があります。

ステップ2:緊急事態と解釈する

事態に気づいても、それが緊急事態であると解釈する必要があります。路上で倒れている人を「酔っ払い」と解釈するか「急病人」と解釈するかで、その後の行動は大きく変わります。ここで「多元的無知」が作用します。

ステップ3:自分に責任があると感じる

緊急事態だと認識しても、「自分が助けるべきだ」という個人的責任を感じる必要があります。他に多くの傍観者がいると、「自分でなくても誰かが助けるだろう」と責任が分散されます。

ステップ4:何をすべきか知っている

責任を感じても、適切な援助の方法を知っている必要があります。心肺蘇生法の知識がない人は、倒れている人を前にしても「何をすればいいかわからない」と感じ、行動を起こせないことがあります。

ステップ5:行動を実行する

最後に、実際に行動に移す決断を下す必要があります。「出しゃばりと思われるのではないか」「間違った判断をしたら恥ずかしい」「自分が危険にさらされるかもしれない」――行動を抑制するさまざまな心理的コストがこのステップで作用します。

傍観者効果を生む3つの心理メカニズム

責任の分散(Diffusion of Responsibility)

傍観者効果の最も中核的なメカニズムです。援助の責任が、その場にいるすべての人に分散されることで、一人ひとりが感じる個人的責任が薄まります。1人しかいなければ100%の責任を感じますが、10人いれば「自分の責任は10分の1」と無意識のうちに感じてしまうのです。

ラタネとダーリーの古典的実験では、参加者がインターホン越しに別の参加者(実はサクラ)の発作を聞いたとき、自分だけがそれを聞いていると思った参加者の85%が助けに行ったのに対し、他にも聞いている人がいると思った参加者では援助率が31%にまで低下しました。

多元的無知(Pluralistic Ignorance)

多元的無知とは、周囲の人々の無反応を見て「緊急事態ではない」と判断してしまう現象です。実際には全員が内心では不安を感じているのに、他の人が冷静に見えるため、「大したことではないのだろう」と結論づけてしまいます。

これは社会的証明が裏目に出るケースといえます。通常、他者の行動を判断の手がかりにすることは適応的ですが、緊急事態では全員が同時に他者の反応を窺い合うことで、誰も行動しない均衡状態が生まれてしまうのです。

評価懸念(Evaluation Apprehension)

人前で行動することへの不安も、援助行動を抑制します。「緊急事態でなかったら恥ずかしい」「余計なお世話と思われるのでは」「自分の対応が不適切だったらどうしよう」――こうしたスポットライト効果的な懸念が、行動への心理的ハードルを上げます。

援助行動を高める要因

特定の個人に助けを求める

傍観者効果への最も効果的な対策は、「そこの赤い服の方、救急車を呼んでください」のように、特定の個人を名指しで助けを求めることです。責任の分散を解消し、その人に個人的な責任を明確に割り当てることで、援助行動の確率が劇的に高まります。

状況の明確化

多元的無知を打破するには、状況が緊急であることを明確に伝えることが重要です。「助けてください!」と大声で叫ぶ、「心臓発作です!」と状況を言語化するなど、曖昧さを排除することで周囲の人の解釈を正しい方向に導きます。

傍観者が少ないほど助ける

Fischer, Greitemeyer, Pollozek, & Frey(2006年)のメタ分析では、傍観者の数と援助行動の間に安定した負の相関が確認されています。ただしFischerら(2011年)の包括的なメタ分析では、危険度が高い緊急事態では傍観者効果が弱まることも示されています。命に関わるような明確な危機状況では、傍観者がいても行動を起こす人が増えるのです。

知識と訓練の効果

傍観者効果について知識を持っていること自体が、援助行動を促進します。心理学の授業で傍観者効果を学んだ学生は、その後の緊急場面で援助行動をとる確率が高かったという研究結果があります。また、救急救命講習やAED訓練などの具体的なスキルを身につけることで、意思決定モデルのステップ4(何をすべきか知っている)の障壁を取り除くことができます。

集団のつながりと共感

傍観者と被害者の間に何らかのつながりがある場合、援助行動は促進されます。同じグループのメンバー、同じ大学の学生、同じチームの一員など、内集団に属する人への援助は外集団に比べて迅速に行われることが研究で示されています。

オンラインの傍観者効果

SNSでの傍観者効果

傍観者効果はオンラインの世界でも観察されています。SNS上での誹謗中傷やいじめを目撃しても、「フォロワーが多いから誰かが対応するだろう」と考えて行動を起こさない。困っている投稿に対して、閲覧者が多いほど一人ひとりがコメントや支援をする確率が下がる。デジタル空間でも責任の分散は起きているのです。

オンライン特有の要因

オンラインでは、物理的な距離がある分、状況の緊急性が見えにくいという問題があります。テキストだけでは相手の切迫感が伝わりにくく、多元的無知がさらに起きやすくなります。また、匿名性が高い環境では個人的な責任感が薄れやすく、集団思考と同様に「自分一人が声を上げても変わらない」という無力感が生じます。

オンラインでの傍観者効果を克服する

一方で、オンラインには傍観者効果を克服するための特有の利点もあります。リツイートやシェアなど低コストの援助行動が可能であること、行動の記録が残るため責任の所在が明確化されやすいこと、そして一人の行動が社会的証明として他の人の行動を連鎖的に引き起こしやすいことです。

MELT診断との関連

傍観者効果への感受性は、性格特性によって異なります。ビッグファイブの「協調性」が高い人は他者への共感力が強いため、援助行動を起こしやすい傾向がありますが、同時に「出しゃばりと思われたくない」という評価懸念も強いことがあります。

「外向性」が高い人は人前で行動することへの心理的障壁が低く、緊急場面で率先して動きやすい傾向があります。「神経症傾向」が高い人は危機的状況でのストレス反応が強いため、行動が抑制されることがある一方で、状況の危険性にいち早く気づく感受性を持っています。MELT診断で自分の傾向を知ることが、いざという場面での行動への備えにつながります。

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まとめ

この記事のポイント

  • 傍観者効果とは、周囲に人が多いほど一人ひとりが援助行動をとる確率が下がる心理現象
  • 責任の分散・多元的無知・評価懸念の3つのメカニズムが傍観者効果を生む
  • 特定の個人への名指しの依頼、状況の明確化、知識と訓練が傍観者効果の克服に有効
  • 危険度が高い状況では傍観者効果は弱まり、内集団メンバーへの援助は促進される
  • SNSなどのオンライン空間でも傍観者効果は生じるが、低コスト行動の連鎖で克服できる可能性がある
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Meltia運営事務局

ビッグファイブ理論をベースにした「MELT診断」の開発・運営チーム。心理学の知見を活かし、自己理解を深めるコンテンツを発信しています。

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